加計呂麻島 諸鈍 大屯神社(おおちょんじんじゃ)

大屯神社(おおちょんじんじゃ)

シマへ帰省してる同級生から良い天気だと一枚の画像が送られてきた。

シマというのは、奄美大島の島ではなく、奄美では各集落のことを、こうして「シマ」と呼ぶ訳だ。

奄美大島の南の端のさらに離れ島、加計呂麻島(かけろまじま)の諸鈍(しょどん)というシマが我が故郷、加計呂麻では一番人の多い、200人ほどの人が暮らす小さな集落である。

その諸鈍の入り口にある神社、画像が大屯神社だ。

諸屯から奄美本島の高校へ毎日船に乗って通っていたのだが、部活を終えてすっかり日も暮れた頃、港から峠を一つ越えて、大屯神社に続く道の脇で、ホタルの乱舞を観ながら家路を急いだ記憶が強烈に今も残っている。

大屯神社は、沖縄の文化が色濃くあるイメージの奄美大島にあって、本土の文化の流れの組む神社として、祀るのは應神天皇(オウジンテンノウ)、神功皇后(ジングウコウゴウ)、そして平資盛(たいらのすけもり)が御祭神である。

奄美大島というのは琉球と薩摩の支配の下今日に至る、辛く悲しい歴史を持つ島である。

その文化は、琉球のそれと、本土のそれとの間にある複雑なもので、奄美諸島を境に南へ行けばより沖縄色が濃くなり、反対に北へ行くと内地のものになる。

奄美大島の芸能の中心というのは島唄になるのだが、その島唄も琉球音階の唄もあったり本土の唄であったりと複雑な芸能文化が根付いている。

民謡の世界で言えば、本土の民謡の南限だともいわれていたりする。

大屯神社で毎年旧暦の九月九日に行われる「諸鈍(しょどん)シバヤ」という祭りがあり、これなども平氏が伝えたもので、国指定の重要無形民俗文化財だ。

子供の頃は興味などなかったものだが、今となってはもっとシバヤに触れておきたかったと悔やんでいる次第。

今この目で、もう一度じっくりとみたいなと思ってたタイミング、南の島が呼んでいる。


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